
―― 日本の抗菌が壊れた理由 ―― SIAA(抗菌製品技術協議会)
「抗菌とは、菌をすべて殺すことではなく、菌の増殖を抑制し、清潔な状態を維持する考え方であり、殺菌・除菌とは異なる」と明確に説明している。日常生活環境における安全性と持続性が重要であるとも述べている。
少なくとも言葉の上では、抗菌を「殺す技術」とは区別する立場は明確だ。
しかし、抗菌マークが付与される実際の評価方法を見ると、その内容は真逆である。評価の中心は、高濃度の菌を密閉条件下で短時間接触させ、菌数がどれだけ減少したかという一点に集約されている。ここで評価されているのは、菌の増殖抑制でも、清潔な状態の維持でもない。「短時間で、どれだけ菌を減らせたか」だけである。
殺菌評価である。
SIAAが説明する抗菌は、強すぎないこと、殺さないこと、状態を維持することを重視している。一方、抗菌マーク取得に求められているのは、強く、早く、大きく菌を減らす性能だ。説明と運用は、最初から同じものではない。これは運用ミスではなく、意図的に切り分けられた制度設計である。
この構造のもと、日本では「抗菌=強いほど良い」「抗菌=殺せるほど正義」「抗菌=数値がすべて」という価値観が固定化された。抗菌と殺菌を明確に区別し、安全性と持続性を重視する国際的な考え方から見れば、極めて特異な状況である。
抗菌の理想は、すでに書かれている。書いているのはSIAA自身だ。
守られていないのは、その定義のほうなのである。
―― ある試験室での会話 ――
これは本題ではない。しかし、現実を理解するうえで避けて通れない話である。
REDOXは、SIAAマークを取得していない。それは「取れないから」ではない。
ある公的試験機関で、試験に立ち会った際、担当者から次のような言葉をかけられた。
「簡単ですよ。銀とか、そういうものを少し入れれば、抗菌の数値はすぐ出ますよ。」
それは事実だろう。試験結果としても、抗菌マークは取得できる。
しかし、それはREDOXのやり方ではない。
その場で、こう返した。「それは正道ではありませんね。」
すると担当者は、少し困ったように、こう言った。「……でも、皆さん、そうしていますよ。」
この短いやり取りに、日本の抗菌を巡る現実が、すべて詰まっている。
抗菌マークは、正しさの証明ではなく、近道を通った証明として使われている場合がある。
別の場面で、ある国会議員から、こう言われたことがある。
「SIAAは国が認めた機関でしょう。認可が取れないものは、やっぱり駄目だね。」
この言葉も、制度としては正しい。しかし、ここで問われるべきなのは、
という点である。
SIAAが公式サイトで説明している「抗菌とは」という考え方に忠実であろうとすれば、抗菌マークは取りにくくなる。
一方で、その説明から離れ、殺菌的に設計すれば、マークは容易に手に入る。
どちらが正道かは、ここで改めて説明する必要はないだろう。
REDOXは、マークを取るための近道を選ばなかった。
それだけの話である。