• 和歌山発・世界初の「素粒子チタン光触媒」

 酸化チタンは光が当たると「超親水性」を発揮する。

✖ 酸化チタンの有機物分解作用には水が必要。

という考え方がなぜいけないのか?
具体的にどのような弊害をもたらしているのか? についてご説明します。

「超親水性」光触媒の問題点

酸化チタンという物質に光を当てると起こるのが光触媒反応ですが、この光触媒には、強い酸化分解力と超親水性という2つの特別な性質があります

(藤嶋昭『第一人者が明かす光触媒のすべて』ダイヤモンド社、2017年、14頁)

と、一般的には考えられています。

しかし、「超親水性」を発現する光触媒製品には少なくとも3つの問題点が指摘されています。

藻類等の微生物の生育や繁殖を抑制する効果を得ようとする場合、光触媒材料を単独の活性成分として使用しても十分でないことがある。この原因としては、光触媒材料は超親水性を示し、表面が保湿されやすいことが考えられる。そこで、それ自体でも微生物防除活性を有する銀、銅等の金属又はその化合物を併用することが提案されている(特許文献1等)。しかしこれらは、屋外においては有効成分の溶出により効果の持続性に乏しいことがある。またこれらの金属化合物による変色が問題となる場合もある。

〜光触媒材料と両性金属酸化物との併用により、優れたNOx分解効果を発揮する光触媒配合物が記載されている。具体例な使用例としては、タイル表面に該配合物を塗布し熱処理で固定している。また抗菌性を有する態様も記載されているが、それは追加成分として引用文献1等と同様の金属又はその化合物を含有することでその効果を発揮し得るものであり、上記の欠点を回避できるものではない。

(「光触媒担持構造体及びその製造方法」(太陽工業株式会社/特許第7220224号))

つまり、

  1. 超親水性で表面が保湿されやすいため、微生物の繁殖を防げない。
  2. 微生物の繁殖を防げる金属やその化合物を併用しても、銀や銅などの金属やその化合物は変質してしまうために持続性に欠け、基材の変色を引き起こす。
  3. 抗菌性能については、金属またはその化合物を含有しないと発揮できない。

というのです。

「超親水性」による弊害

「超親水性」を発現する光触媒では微生物防除や抗菌ができない、とは、酸化チタンの「強い酸化分解力」が十分に発揮されていない、ということです。

さらに問題なのは、このことが「はじめから」わかっていた(!)ということでしょう。

超親水性の実用化に当たって最初に取得された特許(「基材の表面を光触媒的に超親水性にする方法、超親水性の光触媒性表面を備えた基材、および、その製造方法」(東陶機器株式会社/特許第2924902号))には、既にそのことを示唆する記述(実施例19・20)があります。例として「実施例19」を要約すると、

基材となるガラス板、その表面に無定形シリカ薄膜と無定形チタニアの薄膜を塗布して500℃で焼成し無定形チタニアをアナターゼ型チタニアに変換させた試料1、試料1の表面に銀を析出させた試料2を用意する。それらと大腸菌の培養液を水で薄めた菌液を滴下したガラス板とをそれぞれ密着させ、蛍光灯を30分照射する。試料から菌を拭い取って培養し、大腸菌の生存率を求めたところ、基材となるガラス板、試料1については大腸菌の生存率は70%以上、試料2では10%未満であった。

すなわち、超親水性を示す酸化チタンコーティングに「銀を添加してはじめて」抗菌性能が得られた、ということがわかります。

同じように、実施例20からは「銅を添加することによってはじめて」抗菌・脱臭性能が得られることがわかります。

(超親水性を示す酸化チタン(とバインダー)だけのコーティングと比較されているわけではありませんが、実施例21では銅による抗菌性増強、実施例22では白金添加による光酸化還元性増強について書かれています。)

光酸化に水は不要

では、なぜ酸化チタン(とバインダー)だけのコーティングは「強い酸化分解力」を発揮しないのか。

それは、酸化チタンの光酸化反応に「水が必要ない」からです。

広く知られている光触媒の反応機構は、電子が表面吸着酸素と反応してスーパーオキサイドアニオン(O2)が、正孔が吸着水と反応してヒドロキシラジカル(・OH)が発生するというもので、特にヒドロキシラジカルが強い酸化力を持つと信じられています。

↑酸化チタン表面に水があると
光酸化反応は起こらない。

しかし、スーパーオキサイドアニオンやヒドロキシラジカルは決して強力な活性酸素ではなく、

TiO2はO2さえあればH2Oが無くても強い光酸化力を示す

TiO2上の活性酸素種はCOを酸化できるが、・OHやO2はわれわれの実験ではどちらもCOを酸化できなかった。


通常の触媒反応で最も強力な活性酸素種といえば原子状酸素であろう。・OHやO2は部分酸化の活性酸素種と考えられている。一方、光照射されたTiO2上でもO2が解離吸着して原子状酸素を経由しないと起こらない酸素同位体交換反応
16O218O2→216O18O
が光照射TiO2上で起こることからも原子状酸素の生成が確かめられる。また、酸素同位体交換反応がCOや炭化水素の共存で阻害されることから、原子状酸素がこれらを酸化する活性酸素種であることがわかる。

(佐藤真理「光触媒の不思議な話」(触媒学会『触媒』45巻7号、2003年、597〜602頁)

とあります。酸化チタンは「酸素さえあれば」強力な「原子状酸素」(O)を発生させ、それによって「強い酸化分解力」を発揮することが可能なのです。

また、先ほど要約した実施例19では、超親水性の表面が「保湿されやすい」ことを想定して「水で薄めた菌液」を使用し「ガラスを密着させる」という試験が行われていました。しかし、

触媒による液相酸化反応では、まず酸素が水にとけ込み、その酸素が触媒表面にある境膜を拡散によって通り抜けなければならない。化学工学でしばしば問題になるのは、この境膜における物質や熱の拡散速度が遅いことだ。
拡散を速くするためには境膜を薄くするしかない。境膜を薄くするには、固体表面における液体の流速を大きくしなければならない。

酸素の水への溶解度が低い(室温で三パーセント)ことも境膜の拡散速度を遅くする。

(佐藤しんり『光触媒とはなにか 21世紀のキーテクノロジーを基本から理解する』講談社、2004年、115頁)

とあり、酸化チタン上に水膜が形成されてしまうと、酸化チタンへの酸素の供給が阻害され、「強力な酸化分解力」を発揮する原子状酸素(O)の発生が抑制されると考えられます。

光触媒製品の抗菌性試験においても同様の試験(JIS R 1702、JIS Z 2801など)が行われていますが、それらは酸化チタンの光酸化原理を全く考慮していないのです。

金属成分による弊害

酸化チタンの「強い酸化分解力」を活かせない。そこで、銀・銅などの金属やその化合物を添加する、ということがよく行われています。

しかし、そのような金属成分は「光触媒」ではないため、持続性に乏しい、基材を変色させる、など、別の新たな問題を引き起こしてしまいます。

白金は、室温でも酸素分子を解離吸着して原子状酸素をつくることができる。すなわち酸化活性がある。
ところが、白金は空気中の一酸化炭素や有機物を非常に強く吸着するために、しばらく空気中に放置すると、これらで表面が覆われてしまい、酸素が吸着できなくなるのだ。これでは活性酸素はできないから反応はおこらない。

ちなみに、酸化チタン光触媒は触媒毒を強く吸着しないので、失活することなく室温で有機物を酸化できる点が優れている。ふつうの触媒が光触媒の代わりをできないのは、このように失活するためでもあるのだ。

(佐藤しんり『光触媒とはなにか 21世紀のキーテクノロジーを基本から理解する』講談社、2004年、60頁)

と、白金であっても持続性はありません。

銀イオンなどの金属イオンによって暗所でも効果を発揮するとうたっている製品や、可視光応答のために金属ドープが行われていることもあるようですが、それらも結局は同じです。

銀イオンのような電子を受け取りやすい物質(電子受容体という)を含む水溶液中に、酸化チタンなどを分散して光をあてると、酸素が効率よく発生する。光によってできた電子が銀イオンと不可逆的に反応するため、残った正孔が水を酸化するからである。

銀イオン以外に用いられる電子受容体としては、還元電位が伝導体の下端よりプラス側にある金属イオン(Pd2+、Cu2+、Fe3+など)、ヨウ素酸イオン(IO3)、臭素酸イオン(BrO3)などがある。反応が進行するとともに溶液は酸性になり、金属イオンの場合には析出した金属で半導体表面が覆われる。

(佐藤しんり『光触媒とはなにか 21世紀のキーテクノロジーを基本から理解する』講談社、2004年、171〜2頁)

〜紫外光と可視光では励起した電子の働きには違いがある。
まず可視光励起の電子はエネルギーが低いから、紫外光励起電子に比べて還元力が低い。また反応の量子収率も紫外光より低い。
さらに金属ドーピングは、可視光を十分に吸収するほどドープ量を増やすと、その金属が電子と正孔の再結合センターになるため光触媒活性が著しく減少する。

(佐藤しんり『光触媒とはなにか 21世紀のキーテクノロジーを基本から理解する』講談社、2004年、131頁)

そして、この問題は、光触媒製品の性能試験において「金属成分を添加しないと良い結果が出ない」という問題と直結しています。

金属成分を入れると当然すばらしい試験データが得られますが、それは一時的な効果であって、持続するわけではないのです。

シリカによる弊害

「超親水性」になる原理については未だ明らかにされていませんが、バインダーを含まない当社光触媒を施工すると「疎水性」の表面になることから、バインダーつまり「シリカ」が含まれていることによって起こる現象だと推定されます。

現在実用に供されている親水性を目的とした光触媒は、すべて暗所の親水性の保持性を高めるためにシリカ等の珪素化合物が添加されている。

(橋本和仁・渡部俊也「光照射による酸化チタン表面の超親水性変換」(日本表面科学会『表面科学』20巻2号、1999年、85〜93頁))

とあるように、シリカはバインダーとしてだけでなく、超親水性を持続させる目的でも添加されており、それだけでも親水性を持つことが知られています。

シリカ表面の水酸基(シラノール基)は、他の無機酸化物表面の水酸基に比べても、たいへん安定であることが知られている。実際にシリカだけでもこのシラノール基に起因する親水性を発揮し比較的長時間維持される。徐々に親水性が低下するのは、空気中の汚れ物質が表面に吸着するためである。いったん親水性が低下すると、それを回復させるのは容易ではない。
一方、シリカと酸化チタンを混合するなどして組み合わせると、光照射して親水化した後光照射を停止しても、すぐには疎水化することなく暗所でも1週間程度は高度の親水性を継続することが可能となる。また、親水性が低下した後でも、光照射で超親水性は復活する。

(同上、91頁)

しかし先ほど、表面が保湿されやすいために藻類等の微生物の繁殖を防げない、という指摘をご紹介しました。

それは抗菌・消臭についても言えることで、生乾きの洗濯物を想像していただくと分かるように、保湿されやすい(濡れた状態が続きやすい)というのは、菌やニオイを寄せ付けやすい状態が続きやすい、ということです。

シリカには、そんな「超親水性」を持続させる以外にも、

シリカ上に直接吸着した汚れは非常に強く吸着しているため、酸化チタン側に拡散することはほとんど不可能であり、光照射による分解除去は起こりにくい。

(同上、92頁)

という問題があります。

シリカに吸着した汚れは落とせない……。そんな物質を防汚のために使用して本当に良いのでしょうか?

まとめ

広く普及している光触媒製品のうち、「超親水性」を酸化チタンの性質としないものはまずありません。しかし、「超親水性」は酸化チタンの光酸化反応を阻害してしまうため、

  1. 「超親水性」になる光触媒をコーティングしても、酸化チタンの「強い酸化分解力」が十分に発揮されないし、保湿されやすいことで藻類や菌、ニオイなどを寄せ付けやすくなる。
  2. aをカバーするために金属等が添加されるが持続性に乏しく、基材に変色などの悪影響を及ぼすことがある。
  3. シリカはaを引き起こす超親水性を持続させ、シリカ自体に吸着した汚れは落とせない。

ということが実際に問題となっています。

そして、a〜cのような光触媒製品が出回ってしまうのは、現行の光触媒性能試験が「それらに適応した方法」で行われているからなのです。