光触媒の本の中では、次のような解説がよくみられます。
しかし、これらの説明は従来の定義を脅かすものです。
〜導体と絶縁体の中間に位置し、条件によっては電気を伝えられる物質が半導体です
ここでの条件とは、熱を加えたり、光を当てたりすることです。
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酸化チタンは光活性を持つn型半導体
酸化チタンは、酸化亜鉛などとともに酸化物半導体の仲間であり、特に不純物を入れなくても、結晶中の酸素がとれて不純物半導体のように働き、n型半導体に分類されます。
また、酸化チタンには光が当たると電気が流れる性質があることから、光半導体ともいわれます。光効果、光活性といわれる性質で、光触媒反応もこの性質を活用しています。(藤嶋昭『第一人者が明かす光触媒のすべて』ダイヤモンド社、2017年、181〜183頁)
酸化チタンは半導体の一種
〜導体と絶縁体の中間に位置するのが半導体です。半導体は、条件によっては、電気を伝えることができる物質です。条件とは、熱を加えたり、光をあてたりすることです。
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また、酸化チタン(TIO2)や酸化亜鉛(ZnO)などは、酸化物半導体といわれます。
〜酸化チタンの場合は特別に工夫して不純物を入れなくても、結晶中の酸素がとれて不純物半導体のように働くので、n型の半導体ということができます。(藤嶋昭ほか『光触媒実験法』北野書店、2021年、3頁)
「半導体」の定義を確認すると、
室温における電気伝導率σが,金属と絶縁体の中間の10³〜10⁻¹⁰S/cml程度である物質.多くの場合σは絶対零度で0に近いが,温度Tとともに増大する活性型で,exp(−E/kBT)に比例する温度変化を示す.Eは活性化エネルギーである.理想的な結晶の半導体では,絶対零度において,電子の完全に満ちた価電子帯が禁止帯によって空の伝導帯とへだてられている(→エネルギー帯).禁止帯幅(エネルギーギャップ)が比較的狭いときは,有限温度で伝導帯には電子が,また価電子帯にはその抜け穴である正孔が熱的励起によって発生する.これらがキャリヤーとなって電流が流れるものを真性半導体という.それ以外の半導体では,不純物や格子欠陥による局在準位(不純物準位)が禁止帯内に形成され,そこからキャリヤーとなる電子や正孔が供給される.すなわち,n型半導体ではドナー準位から伝導帯に電子が励起され,p型半導体では価電子帯から電子がアクセプター準位に励起されて,正孔が生じる.図はこれらの模型を示す.シリコン,ゲルマニウムなどのきわめて高純度の単結晶では,微量の不純物を添加してそのキャリヤーの種別と濃度を制御することができる.このようにキャリヤーが微量不純物から供給されている半導体を不純物半導体という.
半導体物質の典型は,シリコン,ゲルマニウムなどの14族元素,GaAs,InPなどのⅢ‐Ⅴ化合物,ZnTeなど一部のⅡ‐Ⅵ化合物であり,これらは4面体配位構造をとる共有結合的な物質である.そのほかにもカルコゲン化合物,酸化物,種々の有機物質など,半導体となる物質は数多くある.とくにポリアセチレンなどの高分子1次元結晶,遷移金属カルコゲナイドなどの層状物質,カルコゲナイドガラスなどの非晶質物質などは,それらの構造の特殊性を反映した興味深い性質を示す.やや特殊な半導体の例としては,イオンをキャリヤーとする電解型半導体や,酸化ニッケル,磁鉄鉱のような磁性半導体もある.最近では,分子線エピタクシー,イオン打込み,有機金属気相エピタクシー法などの技術により,超格子,ヘテロ界面(ヘテロ接合),混晶などの人工的な半導体物質を作ることもできる.半導体は電気伝導率のいちじるしい温度変化,大きな熱起電能など,金属や絶縁体にないさまざまな特徴をもっている.物質によっては,顕著な非線形伝導や磁場効果を示す.CdSなどの圧電半導体(piezoelectric semiconductor)では,結晶に応力を加えると電気分極が現われ,音響電気効果が大きい.界面からの少数キャリヤーの注入や光によるキャリヤーの励起によって電気伝導を容易に制御できることも半導体の特徴である.これらの効果を利用して,半導体はさまざまな用途に広く応用される.ダイオード,トランジスター,発振素子,集積回路など電気信号を扱う素子,発光ダイオード,光電管,半導体レーザーなどの光・電気変換素子,太陽電池,超音波の発振・増幅器,サーミスターやさまざまなセンサー,半導体電極など,その応用領域はきわめて多岐にわたっている.
(『岩波理化学辞典』)
とあって、この定義に基づくと光触媒に用いられる酸化チタンは「絶縁体」。
辞典にもそう書いてあります。
酸化チタン(Ⅳ).TiO₂.二酸化チタン(titaniumdioxide),チタニア(titania)ともいう.鉱物のルチル,板チタン石(ブルッカイト),鋭錐石(アナターゼ)に対応する3種の変態がある.ルチルは正方晶系でルチル構造,板チタン石型は斜方晶系で816〜1040℃で生成し,鋭錐石型は正方晶系で,低温で生成する.いずれもTiにOが6配位したゆがんだ8面体の稜が共有された構造をとる.工業的にはイルメナイトから多量のTiO₂が製造されている.生成熱はルチルが945kJ/mol,鋭錐石が940kJ/mol.融点は1840℃.3000℃以上で分解し着色する.絶縁体で,800℃の比抵抗は1.2×10¹⁰Ωcm.25℃の比誘電率は85.8,170と異方性がある.屈折率2.61〜2.90(ルチル),2.45〜2.55(鋭錐石).水に不溶.熱濃硫酸に溶けてTiOSO₄,アルカリと融解してチタン酸アルカリになるが,ほかの酸には不溶.隠蔽力の大きい白色顔料(チタンホワイト)として多量に用いられ,磁器原料,研摩材,医薬品,化粧品としての用途が多い.水和物TiO₂・nH₂O(チタン酸)もある.
(『岩波理化学辞典』)
ではなぜ、光触媒の本では「半導体」と紹介されているのか。
以下の解説が参考になります。
光があたると電気伝導性をもつ物質があり、光伝導物質とよばれる。光のエネルギーで電子がバンドギャップ以上に励起される物質である。
光伝導物質を半導体に分類している本があるが、適当ではなかろう。エネルギーの大きい光を使えば、バンドギャップの大きい物質でも光伝導性を示すようになる。そうすると、これでは絶縁体はほとんどなくなってしまうことになる。
また光半導体という言葉を使っている本もあるが、一般には使われていない言葉である。
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結晶の酸化チタンは正真正銘の絶縁体だ。ところが高温の水素中で加熱すると還元されて酸素欠陥ができ、半導体になる。
市販されている酸化チタン光触媒は還元処理をしていないから絶縁体である。これをホンダ・フジシマ効果が起こる半導体光電極として使うには、還元して半導体にしなければならない。(佐藤しんり『光触媒とはなにか 21世紀のキーテクノロジーを基本から理解する』講談社、2004年、73〜4頁)
酸化チタン粉末に白金を付けた光触媒を最初に使ったのは、アメリカ・テキサス大学化学科のバード教授のグループだと思われる。一九七七年頃のことである。彼らはこの光触媒でさまざまな電気化学反応がおこることを示した。ただし水の光分解はできなかった。
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バード教授らはこの新しいタイプの光触媒を半導体光触媒とかマイクロ光電気化学セルなどとよんだ。これが半導体光触媒という言葉のはじまりだと思われる。
それまでの光触媒は、酸化チタンなどの金属酸化物をそのまま使っていた。酸化チタンは絶縁体だから、それまでは単に光触媒とか固体光触媒とよばれていた。
バード教授らは、酸化チタン電極と同様に、酸化チタン粉末を還元し半導体として使っていた。したがって半導体光触媒という名に矛盾はない。
ところが白金つき酸化チタン粉末は、酸化チタンを還元しなくても、すなわち絶縁体のままで光触媒として働く。とくに有機物を使って水素を発生させる光触媒反応では、絶縁体のままで十分だった。そのため金属つき酸化チタンを光触媒として使いはじめた人たちは、酸化チタンを還元していない場合も半導体光触媒とよんだ。そしてついには、酸化チタンを単独で光触媒に使う時も半導体光触媒とよぶことになってしまったのである。
筆者はこれまで、半導体光触媒という言葉をあまり気にせず使ってきた。ところが最近おかしなことがおこっていることに気がついた。
光触媒の解説書の中に、半導体を「条件によっては電気を伝えることができる物質」と定義し、条件のうちに熱だけではなく光も加えている本があるのだ。この定義によると、光のエネルギーを限定しなければ、ほとんどの絶縁体は半導体になってしまうことになる。これでは従来の半導体の概念から大きくはみ出すことになってしまう。
半導体光触媒の登場で、絶縁体の酸化チタンまでもが半導体とよばれるようになり、さらには半導体の定義まで変わってしまったのだ。一般の人がこの半導体の定義を信じているのを知って、筆者はたいへん驚いた。半導体は広い分野で使われるから、光触媒の分野で勝手に定義を変えると混乱することになる。(佐藤しんり『光触媒とはなにか 21世紀のキーテクノロジーを基本から理解する』講談社、2004年、150〜2頁)
酸化チタン(絶縁体)が半導体と説明されることになった経緯をまとめると、
まず、元々は、
酸化チタン(絶縁体)をそのまま使う光触媒 = 「光触媒」「固体光触媒」
酸化チタン粉末を還元(半導体)して使う光触媒 = 「半導体光触媒」
だった。ここまではおかしくありません。
しかし、
酸化チタン(絶縁体)に金属(白金など)をつけると半導体光触媒のように働くことから、
金属つき酸化チタン(酸化チタンは絶縁体のまま)を使う光触媒 =「半導体光触媒」
と言われるようになったことで、なぜか
酸化チタン(絶縁体)単独で使う光触媒 = 「半導体光触媒」
というおかしな呼称が登場した。
さらには、
酸化チタン(絶縁体)= 半導体
光が当たると電気を伝えることができる物質 = 半導体 光半導体
と定義まで変えてしまった。
ということである。
光が当たった光触媒表面で強い酸化力が発揮されるのは「光電効果」すなわち固体表面から自由電子が放出される「外部光電効果」によるもの。
そして、固体内部の伝導電子数が増加する「内部光電効果」(光伝導)が起こる物質=半導体とするのはおかしい。
光電効果物質が光を吸収して*光電子(伝導電子を含む)が生じる現象,あるいはそれに伴って*光(ひかり)伝導や*光起電力効果が現われること.光電子の生成過程には,原子や分子から自由電子が放出される光イオン化,固体表面から自由電子が放出される外部光電効果,固体内部の伝導電子数が増加する内部光電効果がある.単に光電効果といえば,外部光電効果をさすことが多い.この現象を光電子放出ともいい,金属面についてはドイツの物理学者ハルヴァックス(Hallwacks,Wilhelm Ludwig Franz,1859.7.9-1922.6.20)が1888年に発見した.特定の金属については,入射光の振動数νが一定の限界振動数ν₀以上(したがって波長λが限界波長λ₀以下)の場合だけに光電子放出がおこる.ν₀,λ₀の値は金属の種類によってきまり,入射光の強度にはよらない.その金属の光学的仕事関数をとすると, hν₀=ch/λ₀=e の関係が成り立つ.この事実を,アインシュタインは光の粒子性を示すものとして次のように説明した.振動数νの光はエネルギーhνの粒子,すなわち光子(光量子)として物質に吸収され,あるいは放出される.この光子を吸収した金属内の電子は,hνがその金属の仕事関数によってきまる限界値hν₀より大きいときに限って,光電子として金属の表面から跳び出すことができる.この光量子説は量子論の礎石の1つとなった.光電子を放出する面を光電陰極または光電面という.真空管内で光電陰極に対して陽極をおけば,光電子による電流を観測することができる.吸収された光子数と光電子数の比を量子収量という(入射した光子数に対する比をいう場合もある).光電効果は,光電管,光電子増倍管,撮像管,光増幅器などとして光の検出,測定や光電変換にひろく利用されている.またX線,紫外線による光電効果を利用した光電子分光法(→電子分光法)は物質の構造解析,表面分析,電子状態解析の有力な手段となっている.(『岩波理化学辞典』)
光伝導内部光電効果ともいう.絶縁体,半導体に光を照射したとき電気伝導率が増加する現象.光吸収によって電子が価電子帯または不純物準位から励起され,伝導電子または正孔が生じるためにおこる現象で,電圧を加えれば光電流が流れる.キャリヤー(担体)が光伝導体と電極との境界面を自由に通るときには,定常状態での電気伝導率の増加はΔσ=efητμである.eはキャリヤーの電荷,fは単位体積に単位時間に入射する光子数,ηは量子収量(生じたキャリヤー数と入射光子数の比),τはキャリヤーの寿命(再結合し,あるいは深い不純物準位に捕えられて消滅するまでの時間),μは移動度である.寿命τは物質およびその状態,とくに結晶の不完全性によって非常に異なる(10⁻³〜10⁻⁸s)とともに,温度および光の強さによっても変化するので,光電流と光量の比例性は広い範囲では成り立たない.寿命が有限であるほか,キャリヤーが浅い準位に一時的に捕えられる現象もおこるので,光の強度変化に対して光電流には遅れが生ずる.キャリヤーが光伝導物質から電極に移らない場合は,電場を強くすると光電流は飽和する.光伝導は固体の非金属単体,酸化物,硫化物,セレン化物,ハロゲン化物,金属間化合物,ある種の有機物など非常に多くの物質に見られ,固体内電子のエネルギー準位および電気的特性を調べる有力な手段として,また光伝導セルなど光の測定器として広く用いられている.(『岩波理化学辞典』)
光伝導とは「絶縁体, 半導体に光を照射したときに電気伝導率が増加する現象」とある。
光伝導は、絶縁体でも起こる現象なのである。
酸化チタンは「不純物を入れなくても」「結晶中の酸素がとれて」不純物半導体のように働く。
「酸素がとれる」という表現はあたかも室温下で酸化チタンが還元されやすいかのようですが、先ほどの引用には、酸化チタンを「高温の水素中で加熱すると還元されて酸素欠陥ができ、半導体になる」と書かれていました。
ゾル-ゲル法で作製したTiO2粉末は通常、還元しなくとも光触媒活性を示す。これは微粒子の場合、酸素欠陥が最初からあるためである。また、微粒子の場合には光触媒に導電性がなくても起こる反応がある。
金属つきでなくても酸化チタンは酸素欠陥ができると半導体のようになる、とは言っても、酸化チタン自体が絶縁体であることには変わりありません。
それなのに、なぜ酸化チタンを半導体と言いたがるのか?
なぜ酸化チタンの光触媒活性に導電性を関連づけたがるのか?
ここで、思い出されるのは、酸化チタンの「超親水性」原理についての一般的な解説です。
光触媒の効果によって油汚れが分解されること、また酸化チタンの酸素が光照射によって抜け落ち、これが水分子と反応して水酸基を作ることにより、表面と水分のなじみがよくなることによります。
(東京大学ホームページ「光触媒の新世界市場との対話が生んだブレークスルー」2014年6月10日掲載記事、2023年7月31日閲覧)
酸化チタン(TiO2)は、酸素原子と金属のチタンが規則正しく並んだものだ。ここに光が当たると酸素原子が飛び出し、その抜け穴に当たる部分に水分子の酸素が潜り込む。もともと水よりも油がなじみやすい酸化チタンだが、こうして水になじんでくる。光を当てるほどより多くの水分子が酸素に置き換わるため、親水性がさらに高まり究極の姿として超親水性の状態になるわけだ。
(岸信仁『光触媒が日本を救う日 独創からの反撃』プレジデント社、2003年、70頁)
「光が当たると」酸化チタン(TiO2)自体の「酸素」が飛び出すから酸化チタン表面が「超親水性」になる?
「光が当たると」酸化チタン表面の「電子」が抜け落ちた正孔に酸素が吸着し活性酸素として脱離することは古くから知られていますが、酸化チタンの「酸素」が室温下で抜け落ちることがあるでしょうか?